「もし同じレースに出たらどの馬がより逃げるか?」という観点を基に、できるだけ”ドライ”で”リアル”になるようにランキングを作成
この中長距離部門は対象レースが多いので、同じ時期に競走生活をしていても個々の対戦が少なく”最速前半3Fラップ”と”逃げ鞍”いう客観要素と”逃げ馬の印象”という主観要素を合わせて考慮したランク付けとなっている
特にクラシック戦線までで引退した逃げ名馬たちは古馬戦線を走り抜いた馬との比較が難しく、その結果上にも下にも位置できず10位台にかたまることになった
※中央競馬所属時の成績 1987年以降 障害レースは除く
22位 セイウンスカイ (牡1995)
逃げ鞍数 7/13(54%) 最速前半3F 35.4秒
主な逃げ鞍 菊花賞’98 有馬記念’98 天皇賞(春)’99
短評
菊花賞で逃げ切り勝ちをし、1959年ハククラマ以来の快挙を達成した
ただこれを含めてG1で3度逃げているものの三冠レースの皐月賞、ダービーは逃げず、そして引退までの3戦は控えるレースをしたため成績上よく逃げている割に”逃げ馬”としての印象が薄い
21位 タップダンスシチー (牡1997)
逃げ鞍数 7/42(17%) 最速前半3F 34.7秒
主な逃げ鞍 JC’03 有馬記念’04 JC’05 有馬記念’05
短評
ジャパンカップと有馬記念を逃げているので”逃げ馬”のイメージが強い馬
しかし6歳秋までほとんど逃げてはおらず、本格的に逃げだしてからも2回に1回しか逃げていなかった。そのためランク入りした中でダントツ最下位の逃げ率17%となっている
20位 キタサンブラック (牡2012)
逃げ鞍数 7/20(35%) 最速前半3F 34.7秒
主な逃げ鞍 有馬記念’15 天皇賞(春)’16 宝塚記念’16 JC’16 JC’17 有馬記念’17
短評
トータルでの逃げ数は7と少ないものの逃げ切りでのG1勝ち数は4と歴代単独トップ
"逃げ馬"というよりは"逃げ切り勝ち馬"といった方がしっくりくるか
19位 タイトルホルダー (牡2018)
逃げ鞍数 11/19(58%) 最速前半3F 35.1秒
主な逃げ鞍 菊花賞’21 天皇賞(春)’22 有馬記念’22 天皇賞(春)’23 有馬記念’23
短評
菊花賞での覚悟を決めた猛プッシュでハイラップでハナ奪い勝利。天皇賞(春)を驚異のロングスパートで制覇。宝塚記念ではパンサラッサの2番手になったが、自身はイーブンラップを刻み続けて最後はレコード勝ち
その後も走りは徐々に進化し続けラストレースの有馬記念ではとうとう長距離戦でさえ「イーブンラップで走って最良のタイムを出す」という人間の陸上競技のような理想的なラップメイクを実現させた
これまでは机上の空論状態だった「強い馬が逃げたら最強」という説を証明したカタチで、この”理論的逃げスタイルの確立”はそれ以降の競馬界(主に逃げ業界)に大きな影響を与えると考えられる
18位 ダイワスカーレット (牝2004)
逃げ鞍数 6/12(50%) 最速前半3F 35.2秒
主な逃げ鞍 秋華賞’07 エリ女’07 天皇賞(秋)’08 有馬記念’08
短評
中長距離路線で活躍する牝馬自体が少ない中、古馬G1でも素晴らしい成績を収めた。成績の安定しにくい”逃げ馬”ながら生涯レース全てに連帯
”逃げ馬”というよりは”歴代最強牝馬”のイメージの方が強いか
17位 サニーブライアン (牡1994)
逃げ鞍数 5/10(50%) 最速前半3F 35.1秒
主な逃げ鞍 皐月賞’97 ダービー’97
短評
皐月賞で他の馬との先頭争いを演じながらの逃げ切り勝ちがフロック視されたもののダービーではその評価を払拭するような鮮やかな逃げ切り勝ちを披露した
故障でそのまま引退となってしまったのでキャリアは少ないものの、その鮮烈な”逃げ”は心に残るものだった
16位 アイネスフウジン (牡1987)
逃げ鞍数 5/8(63%) 最速前半3F 34.8秒
主な逃げ鞍 ダービー’90
短評
この馬のダービーでの勝利時に起こった”中野コール”は従来のギャンブルだけでない「競馬のスポーツ性」の表れで”競馬楽しみ方そのもの”が変わった歴史的瞬間とさえ言われている
この馬の”逃げ”にはそれほどの”美しさ”があった
15位 ミホノブルボン (牡1989)
逃げ鞍数 4/8(50%) 最速前半3F 34.8秒
主な逃げ鞍 皐月賞’92 ダービー’92
短評
関東馬の隆盛が続いていた競馬の勢力図が西高東低に変わったことを決定づけた馬
栗東トレセンに新たに設置された坂路を使い、スパルタ調教によって鍛え上げられた筋肉と心臓で、ついていくことさえ困難な強烈な逃げを繰り出した
14位 ユニコーンライオン (牡2016)
逃げ鞍数 10/32(31%) 最速前半3F 34.0秒
主な逃げ鞍 宝塚記念’21 JC'22 クイーンエリザベスS’23 宝塚記念’23
短評
5歳の夏に初めて逃げ始めた遅咲きの逃げ馬。その鳴尾記念をスロー逃げし勝利した後、いきなりの宝塚記念挑戦では速い出脚で逃げて2着と覚醒。その後は引退間近までほとんどハナを譲らなかった
ちなみに同時代の逃げライバルであるパンサラッサとの対戦は一度だけあり、そこでは逃げ負けている
13位 アンブラスモア (牡1994)
逃げ鞍数 24/45(53%) 最速前半3F 34.4秒
主な逃げ鞍 天皇賞(秋)’99 JC’99
短評
ローカル競馬場の中距離レースを逃げに逃げた馬。逃げた回数が24回と多く現役時代は”いつもどこかで逃げている馬”というイメージだった。後述するサイレントハンターとは生まれ年が一年差と近いにもかかわらず、直接対決は2度のみ。大舞台である天皇賞(秋)ではこの馬が勝っており甲乙つけがたい関係
12位 サイレントハンター (牡1993)
逃げ鞍数 24/53(45%) 最速前半3F 33.7秒
主な逃げ鞍 JC’98 宝塚記念’00
短評
本格化して以降26戦連続でG1戦線に参戦。長期休養期間を挟みつつも4年連続G1出走を果たし息の長い活躍をみせた
アンブラスモアとは天皇賞(秋)での対戦で負けているもの、内枠絶対有利なコースであちらは2番枠こちらは10番枠というハンデがあった。その後の対戦となった金鯱賞では長い直線での先頭争いを制して33.7秒という速さで先頭を奪ったため、こちらをわずかに上位と評価
11位 エイシンヒカリ (牡2011)
逃げ鞍数 12/15(80%) 最速前半3F 34.5秒
主な逃げ鞍 香港C’15 プリンスオブウェールズS’16 天皇賞(秋)’16 香港C’16
短評
アイルランドTで見せた「大逃げ状態から直線で外ラチ方向に斜めに走っての勝利」はもはや伝説的レースとなっている
また海外遠征となった香港Cでは国内ではさせてもらえなかったノーマークの逃げとなり、その低評価を嘲笑うかのような軽やかな逃げ切りを見せた
10位 アエロリット (牝2014)
逃げ鞍数 8/19(42%) 最速前半3F 33.7秒
主な逃げ鞍 マイルCS’18 ヴィクトリアM’19 安田記念’19 天皇賞(秋)’19 有馬記念’19
短評
3歳時、NHKマイルカップを抑えきれない手ごたえで外々を回り圧勝。その後もなんとか番手に控える競馬を続けていたが4歳秋以降はスピードを開放し完全な逃げ馬になった
ヴィクトリアマイルでの1400m地点の通過タイムは1400mレースの日本レコードを上回る1分18秒8という驚異的な速さ。ラストランが決まっていた有馬記念では初の長距離に臆さずビュンビュン逃げて持ち前の溢れ出るスピードを披露し、華々しくターフを後にした
9位 ヤマカツスズラン (牝1997)
逃げ鞍数 17/22(77%) 最速前半3F 34.0秒
主な逃げ鞍 阪神3歳牝馬S’99 秋華賞’00 マイルCS’00 安田記念’01 エリ女’01
短評
2歳時に阪神3歳Sを逃げ切り、その後もマイルから中距離路線で逃げ続けた
牝馬限定戦を使うことが多く、晩年はダート路線に転向したため他の逃げ馬との対戦は少なかった。その少ない機会の中でも2000年のマイルCSではアンブラスモアに逃げ勝っており、トップクラスの逃げ足が垣間見えた
8位 トウケイヘイロー (牡2009)
逃げ鞍数 14/27(52%) 最速前半3F 33.9秒
主な逃げ鞍 天皇賞(秋)’13 香港C’13 ドバイDF’14 シンガポール航空国際C’14
短評
4歳馬になってから逃げ始めた”逃げ晩成馬”。逃げを始めてからは譲ることなくすべてのレースのどこかでは先頭に立っている
2014年の中山記念では、ゲートで暴れ致命的な出遅れをしたにもかかわらず第2コーナーで一頭だけ映像早回しの馬がいるかのような捲りを見せて先頭を奪い返す圧巻のレースを見せた
また3度の海外遠征のレース全てを逃げるという快挙も樹立
7位 サイレンススズカ (牡1994)
逃げ鞍数 12/16(75%) 最速前半3F 34.6秒
主な逃げ鞍 天皇賞(秋)’97 宝塚記念’98 天皇賞(秋)’98
短評
4歳馬になってから6連続逃げ切り勝ち(宝塚記念を含む重賞5連勝)を達成
その中でも金鯱賞では、大逃げ状態で直線を迎え気合を付けたところさらに突き放して1.8秒の大差をつけて勝利するという、目を疑うような衝撃のレースを披露した
その後、一番人気で迎えた1998年の天皇賞(秋)でも快速を発揮し大逃げを見せた矢先、骨折により競走中止。予後不良となった
6位 メジロパーマー (牡1987)
逃げ鞍数 23/36(64%) 最速前半3F 34.3秒
主な逃げ鞍 天皇賞(春)’91 天皇賞(春)’92 宝塚記念’92 天皇賞(秋)’92 有馬記念’92 天皇賞(春)’93 宝塚記念’93 JC’93 有馬記念’93
短評
1992年に宝塚記念と有馬記念の両グランプリを逃げ切った。さらに天皇賞(春)を3年連続で逃げており、長きにわたり長距離路線を一線級で先導
自身の最速前半3Fタイムは6歳秋という晩年に記録し、引退まで逃げ馬として活躍し続けた
5位 ローエングリン (牡1999)
逃げ鞍数 26/48(54%) 最速前半3F 33.5秒
主な逃げ鞍 宝塚記念’02 菊花賞’02 ジャック・ル・マロワ賞’03 天皇賞(秋)’03 宝塚記念’04 天皇賞(秋)’04 JCD’04 安田記念’05 マイルCS’05 宝塚記念’07 マイルCS’07
短評
G1レースで11回の逃げは調べた限り最多記録。中距離中心に多くのレースで逃げ、また半数近くはマイル以下のレースにも出走(短距離では逃げないレースが多かった)
最速前半3Fタイムの33.5秒は宝塚記念で記録しており「逃げ馬ランキング中長距離部門」においてトップの速さ
4位 マルターズアポジー (牡2012)
逃げ鞍数 36/40(90%) 最速前半3F 33.9秒
主な逃げ鞍 有馬記念’16 大阪杯’17 マイルCS’17
短評
デビューから31戦連続の逃げを達成。これは単に連続逃げ記録としてもトップの記録
ブレのない発馬とスピード溢れる加速を常に実行し必ず逃げ、レースを重ねるたびに逃げライバルを撃破。そしていつしかこの馬に並びかけようとするような無謀な馬はいなくなっていた
その速さは夢を抱かせるに足るもので、G3を3勝したに過ぎない競争成績だったにもかかわらず引退後は種牡馬に大抜擢。ゴスホークケンから続く逃げ馬の血脈を産駒に託すことになった
3位 シルポート (牡2005)
逃げ鞍数 38/54(70%) 最速前半3F 33.7秒
主な逃げ鞍 天皇賞(秋)’10 安田記念’11 天皇賞(秋)’11 マイルCS’11 安田記念’12 天皇賞(秋)’12 マイルCS’12 安田記念’13 宝塚記念’13
短評
逃げ鞍数38回は調べた限り歴代トップの記録
1800mを中心に走っており、ローエングリン同様短距離戦も数多く走った。ただしこちらはマイル戦までもほぼすべて逃げている
また、天皇賞(秋)と安田記念の両G1を三年連続で逃げるという前人未到の記録も保持
2位 ツインターボ (牡1988)
逃げ鞍数 22/23(96%) 最速前半3F 33.9秒
主な逃げ鞍 有馬記念’91 天皇賞(秋)’93 有馬記念’94
短評
中央所属時の逃げ率96%は驚異的な数字。逃げられなかったのはダートG1の帝王賞のみ
七夕賞で前半3F33.9秒で飛ばしての逃げ切りからの、オールカマーでの道中何十馬身離したか分からないほどの大逃げからの勝利、そしてそれ以降の大逃げでの散りっぷりは後世に延々と語り継がれることだろう
1位 パンサラッサ (牡2017)
逃げ鞍数 17/27(63%) 最速前半3F 33.6秒
主な逃げ鞍 ホープフルS’19 有馬記念’21 ドバイT’22 宝塚記念’22 天皇賞(秋)’22 香港C’22 サウジC’23 ドバイWC’23 JC’23
短評
福島記念を超ハイラップで逃げ切った時に「ツインターボの再来」と噂され、中山記念を逃げ切った時に「サイレンススズカの再来」と言われるも、ドバイTを逃げ切ったことで「世界のパンサラッサ」と自らの力で自身の存在を証明した
さらに天皇賞(秋)ではサイレンススズカと同等のラップで逃げて第3コーナーを走り抜け”夢の続き”を見せてくれると同時に”サイレンススズカの幻想(あるいは呪縛)”を打ち砕く歴史的快挙を成し遂げた
またG1の逃げ鞍はそのすべてが異なり9種類。これは歴代逃げ馬トップの記録である
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